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台所の起源とかたち

 第2次大戦の敗戦後、日本の都市は焼け野原となってしまい、多くの住まいが焼失しました。そこで、急いでたくさんの住宅を建てる必要がでてきました。このころ、住居の研究者たちは、家族が集いやすく、衛生的に生活できるよう、寝食分離(食べる場所と寝る場所を分けること)や、台所を単なる作業場所としない台所改革の提言をしていました。
 それを受けて、台所と食事室をひと部屋とするDK(ダイニング・キッチン)がつくられたのですが、実際の使い方は、DKにちゃぶ台をおいたり、隣の部屋で食事をすることが多く、計画した人の思った通りの使い方にはならなかったようです。
 こうしたDKの形が新しい暮らし方として定着したのは、衛生的で美しいステンレスが流しやカウンターに使えるようになったことが大きな要因と言われています。近代以前の流しは木製のものが一般的で、水が漏れたり、木が腐ったり、とても非衛生。その後、昭和初期から30年代までは「人研ぎ」という、石の粉とモルタルを混ぜた人造石を成型して研ぎ出した素材がよく使われていましたが、焼き物の茶碗やガラスのコップなどを落とすと簡単に割れてしまうし、変色やひび割れがしやすい素材でした。
 昭和31年に建設した公団住宅では、大量生産に成功したステンレス流し台を使用。これを機に、日本中にステンレス流し台やテーブルと椅子のあるダイニングスタイルが広まったのです。また、この時代は高度成長期に入ったころで、電気冷蔵庫や電気炊飯器、トースターなどの家電製品が一般に広まり、台所での家事労働の負担がかなり軽減されました。

                  (親子の住まい方教室より抜粋)